エピローグ


これからは ずっと一緒だね
いつだって 傍にいるんだから
冷たい雨が降りしきる日は 柔らかく身を寄せ合って
陽光の恵みが降り注ぐ日は 精一杯に楽しんで
時と記憶を共有しながら 想いと絆を紡いでいく

深くて冷たい夜の闇も 冷たく濡れる朝露も
ボクはもう 怖くない
どこまでだって追いかけるから 風が導きをくれるから
ボクとキミは 誰よりも強い運命で繋がっているんだから



 日溜まりの匂いがする。丘から草原を吹き降ろしてくる風は心地よく髪を撫で、キミの
匂いを運んでくれる。いつからだろう、夏の風がこんなにもいとおしく感じられるように
なったのは。こんなにも、世界が輝きだしたのは。
 優佳と一緒に寝転んで空を見上げながら、ボクは微風に吹かれていた。遥か遠くの風の
行方はボクにも知ることはできないけれど、つかみどころの無い雲を後押しして、鳥達の
影を遥か先へと導いていく。風の力は、やがては世界そのものをゆっくりと変えていく。
それはなんだか、人の想いに似ていると思った。
 ふと隣に目を向けると、お兄ちゃんは、かすかに瞼を開いてまどろんでいる。ずいぶん
長い間入院していたから身体は細くなっちゃってるけれど、それ以上に大人びて頼もしく
なったと思う。でも、そんなのって当たり前だよね。何たって、このボクが選んでずっと
追いかけ続けていた人なんだから。
 静かに笑みを浮かべながらお兄ちゃんの寝顔をひとり占めしていると、お兄ちゃんも、
そんなボクの様子に気付いてこっちを向く。少し頬を赤らめたって、もう遅いんだからね。
軽く伸びをして目を覚ますと、また、いつものように声を聞かせてくれる。

「それにしても、今思っても夢みたいな話だよな」
「また? その話なら、もう聞きあきちゃったよぉ。『俺の目の前に座っているつむじ風
みたいな妹が、実は『異世界にいたお姫様』だったなんて・・・』でしょ」

 ボクは、ルティルの事だったら半年以上も前から知っていた――思い出していたんだよ。
突然ボクの心の中に現れてきた、もう1人のボク。ボクの知らない大切な事を――ボクの
知らなかった出会いとか、優季さんや流香さんのこととか、知らない世界の出来事とかを
数え切れないほど教えてくれた。そして、ずっと一緒に優佳のことを待っていたんだから。

 ここは、丘の上にある植物園。今日はお兄ちゃんと流香さんの退院祝いで、久しぶりに
みんなで揃ってハイキングに出かけたんだ。今はお昼ごはんの準備中だけれど、今はお兄
ちゃんと2人きり。だって、みんなに内緒でこっそりと抜け出してきちゃったんだもんね。

「こうして見ても、ちょっと雰囲気変わったよな・・・・あのリボン、どうして着けるの
止めたんだ? 『優季ちゃんとお揃いにする〜!』って、10日も泣き続けた末に買って
もらえた、大切なものだっただろ。確か。」
 どうして、そんな恥ずかしい思い出ばっかり覚えているの? そういう事は、あっちの
世界で全部忘れちゃってくれれば、ボクも安心できたのに・・・あ、でも、お兄ちゃんが
忘れてくれても、優季さんもボクの過去はみ〜んな知っているんだから、永久にどうにも
ならないのかな・・・・あっ、そろそろお兄ちゃんとの会話に戻らなくっちゃ。

「うん。今でも、とっても大事だよ。でもね、優佳――このリボンにも、ボクの気持ちに
負けないくらいに大切な想いが、いっぱいに詰まっているんだよ。今はまだ、教えてあげ
ないけどね」
「そう言われたら、余計に気になるだろ。まったく、つれないなぁ・・・」


『だから・・・・・私の気持ちを受け取ってくれるのなら、この新しいリボンを結んでね。
歩ちゃんの髪で揺れるリボンは、いつも優佳の一番近いところにまで届くだろうから。』


 優季さんが託した願いを迷わずに受け取った時、ボクは、あらためて心に決めたんだ。
ここまで想いを抱き続けて、辿り着くまで追いかけてきちゃったんだから、ボクはもう、
気持ちを決して隠したりはしないって。ボクのことをいつも見てもらって、ボクの全てを
まるごと受け止めて貰うんだってね☆

 不意にいたずら心が芽生えてきて、優佳の背中から思いっきり乗りかかると、そのまま
身体を預けてみる。
「歩・・・・・ちょっと太っただろ」
「むっ・・・お兄ちゃんが寝てる間に、ほんのちょっぴり成長しただけだよっ」
「少しじゃないって――前に比べると、お前って、ずっと・・大人に近づいたよ・・・」
「そうそう、もっと素直にならなくっちゃ。こんなかわいい妹に甘えられて、優佳だって
嬉しいくせに〜☆」
「なっ・・・・」
 急にあたふたしてくるお兄ちゃんの様子を楽しみながら、ボクは続けてささやきかける。
「それにしたって、『他には何も望まないから』なんて控えめな言葉は、ボクらしくなか
ったなぁ。最初から叶うと分かっていたのなら、もっとたくさん望んでいたのにね☆」
「おい、そんなにくっつくなよ。俺と歩って、こっちでは兄妹なんだろう!?」
「兄妹だからこそ、『仲が良いから』で済ませられちゃうんだよ。一緒に温泉に入ったり、
旅行に出かけたりしたって、み〜んな許されちゃうんだからね☆」

 そう言い残してから正面に回りこむと、今度は思い切り胸に向かって飛び込んでみる。
優佳の匂いと温もりが、全身に染み込んでくる。お兄ちゃんは戸惑いながらも、不器用な
手つきでボクを受け止めたけれど、まもなくしっかりとボクの身体を抱きしめてくれた。

「あっ、優佳と歩ちゃんってば、こんなところに2人きりで隠れてお話してるなんて〜〜
早く戻ってこなかったら、2人とも今日はお弁当なしなんだからねっ」

 優季さんの声にボクとお兄ちゃんは急いで身を離す。ボクと優佳だけの時間は帰るまで
しばらくは中断かな。そんなボクの気持ちも知らないで、お兄ちゃんは焦って踵を返そう
とする。

「それは一大事だっ。歩、悪いけれどこの続きは家に帰ってからってことでっ――」
「もぉ、待ってよぉ。お兄ちゃんってばぁ!」

 ボクも急いでお兄ちゃんと優季さんの背中を追いかけていく。走っているボクの髪には、
流香さんも似合っていると褒めてくれたアクアティントのリボン。それは輝く風を受けて、
嬉しそうになびいていた。



 まるで、これから訪れる未来を、美しく詩うように――











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