夜のマロン寮〜見ちゃったの・・・・噴水池の奥底に潜む、異界の古代生物



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反省文 名前:アロエ

 マロン先生、ごめんなさい。夜中にみんなと勝手に出歩いて、危ないことをしたりして
はいけませんって、教えてもらったのに、お約束をやぶったりして・・・・でもでもっ、
それは、仕方なかったの。水がごごごごごごごごごごごごごごごお〜〜〜〜〜って動いて、
みんながざばざばざばざばざばざば〜〜〜〜って流されちゃいそうになったから、わたし
がんばってばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃ〜〜〜〜って泳ごうとして、魔法でなんとか
しようとしたけれど、うゅ〜〜〜〜〜って集中しようとしたら、きゅうに目の前から先が
真っ暗になって、それからぁ(※最後まで読むと更に30mは続きそうなので後略)
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『マジっすか・・・・(汗)』

 いい加減に、頭が痛くなってきた。アロエが1日自室に謹慎して書き上げた巻物だが、
全文が純口語体で書かれた実験的な反省文は、ある意味、天才飛び級少女の名に恥じない
ものかもしれない。但し、1日の激務を終えて、生徒の日常に親しむ読み物として見るに
際しては、あまりにも強烈な破壊力だった。この作品は休日にでもゆっくり目を通す事に
して、今日のところは気持ちだけありがたく頂いておこう。

 そう心に決めて書棚に生徒の労作を収めると、マロン『先生』は手元の冷めたアップル
ティーを茶杯に捨て、隣にかしずいている火魚から、改めておかわりを淹れてもらった。
ほかほかと湯気を立つ香茶をひとくち含むと、舌の上に広がるのは苦味と甘みの絶妙なる
交響曲。小さな胸の奥にゆっくりと染みこんでいく余韻を惜しみながら、彼女は目の前に
侍している純真な従者に向けて、笑顔と心からの賞賛を贈る。
「ふぅ〜♪ やっぱり、疲れた時はスフレの淹れる香茶に限るよぉ〜」

 スフレと呼ばれた火魚は耳の後ろを撫でられて、心地よさそうに笑顔で身を委ねている。
マロン先生の持つペットの中でも、茶坊主役として特別な地位を賜っている彼は、先生の
リラックスタイムに遊んでもらえるという悦びを満喫している様子だ。

 ここは、水の島――通称マロン寮の最上層に置かれている、教師専用の私室兼居住区。
その区画内は着任者が好き勝手に改装する事が許されているが、個性炸裂度=500%な
外見からは意外とでも言おうか、居室・書斎・衣装部屋・寝室等を中心に、比較的オーソ
ドックスな調度でまとめられている。おそらく、本格的に私的な空間は、自分の中だけの
秘密にしているのであろう。
 鼻腔をくすぐる香味を一通り楽しむと、終業後に着替えていた部屋着から、学園で常用
している正装――ピンクと青を中心に黄色のアクセントを添えて、音駆鳥の羽衣とヒトデ
石を各所にあしらった『魔法少女服』に着替え直す。背中まで下ろしていた髪を梳いて、
きりっとしたツインテールに整えると、鏡の前には、いたずらっぽい瞳の中に知的な光を
たたえる、いつものマロン先生が満足げに自らの写し身を見つめていた。

「さて、アロエちゃんは・・・いたいた。早速、こっちまで御参上願おうか」
 この島から半径3Kmくらいの範囲なら、魔導具なしでも簡単に居場所を把握できる。
アカデミーの一般生徒レベルでは、特定の他人を感知することが出来るのは特異な能力に
恵まれた特待生を除けば、奇跡的に思念がリンクしない限り、まず不可能な芸当。しかし、
全員が超賢神級の力を持つと噂される教師クラスともなれば、テーブルの上に散らばった
おはじきから、1つだけ違う色の玉を拾い上げるよりも容易いことだった。
 机に安置されている、手のひらサイズの水晶球に視線を向けると、カップを片手に持ち
ながら、空いている方の手をかざして座標の精度を高める。結界術を応用した通信用高等
魔術で、声が通せる程度の空間をアロエの目の前に開く。

 この時、アロエはベランダから月光に映える噴水池を飽きることなく眺めていたけれど、
目の前に現れた光点に気付くと、『ちょこっ』と縮こまりながら、その先にいるであろう
担任へと向き直った。
「先生・・・わたしのこと、許してくれるの?」
「それと、これとは別。私はあなたの担任だから、多少はさじ加減が効くけれど、正式な
処分は教師会で決めることだから。それで・・・あの反省文のことなんだけれどね」
「失礼なこと、書いちゃったのぉ・・・」
 早くも泣きそうになるアロエの声を聞き、先生は幼い才能の芽を摘み取らないように、
慎重に言葉を選ぶ。
「いや、そんな事はないぞ。読み物としては個性的で、あなたの才能が良い意味でも悪い
意味でもよく出ている――それが、私の個人的感想」
 教師の言葉を神妙に聴いているアロエを前に、マロンは思わず自分の過去を思い出す。
そう、私は別に、この子の行いに怒っている訳じゃない。その体験をほんのちょっとだけ
詳しく、自分にも教えて欲しい・・・そう思っているだけなのだ。
「今日のところは、あの一件について、もう少し詳しく知りたくなっただけ。その為には、
文字よりもあなたの意識に直接触れた方が手っ取り早いから、私の部屋に召喚されなさい、
という訳」
 是非もなく、アロエは廊下の静寂を乱さない程度の歩調で、教師室に向かって歩を進め
始めた。もちろん、この間も通信点はアロエの歩くのと同じ速さで移動している。
「あの、先生・・・」
「なぁに? せっかくの良い夜なんだから、そろそろいつもみたく普通にお話しようよ」
「先生の方から漂ってくる良い香り――もしかして、スフレちゃんもいるの?」
「ふふ、この食いしんぼさんめ。今ならタイムサービスでリディア先生から頂いたバター
クッキーも付けて進ぜよぉ〜」
「わ〜い! マロン先生、だ〜いすきっ♪」
 とてとて・・・と近づいてくる小さな足音に苦笑しながらも、マロン先生は追加で更に
『2杯』の香茶とクッキーを用意させるのだった。

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